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都倉准教授による福澤精神研究会「第12回講演会」が開催されました! 

◆4月14日(日)午後、船橋市中央公民館にて、船橋三田会会員、会員の知人及び近隣三田会会員など総勢34名のご参加のもと、慶應義塾福澤研究センターの都倉武之(とくらたけゆき)准教授にご講演頂きました。
講演会参加募集当初から皆様の関心度が高く、1949年に東宮御教育常時参与に就任後、皇太子明仁親王(現在の天皇)の教育掛として「ジョージ5世伝」や「帝室論」などを講義された小泉信三(1888~1966)のお話は興味津々でした。

・当日船橋三田会の佐藤修会長より、講演会開催のご挨拶と都倉講師のご紹介で始まり、いよいよ都倉講師による講演となります。
まず始めは、①「小泉信三の父信吉(のぶきち 1849~1894)と福澤諭吉」のテーマ。
父信吉は、明治20年塾長に就任。その後明治23年に大学が開設された。大学在学時にそして卒業後も、良く耳にする「気品の泉源、知徳の模範」が生まれた背景のお話。幼少期に父百助をなくした福澤は、道徳心の基盤としての父の存在があり、同じく幼少期に父を亡くした小泉信三(1888~1966)も人間形成に父の存在が大きかったことを重ね合わせてお話された。

次に、②「慶應義塾における小泉信三」のテーマ。
父を早く亡くし、晩年の福澤家に小泉一家が同居していた時期もあった。幼少期に福澤に接し、「青い鳥」としての福澤諭吉(1835~1901)。福澤が他界した翌年、小泉は御田小学校から普通部2年生に編入学。その後、弓術や庭球部を通し、選手として、部長として、塾長として、スポーツの良き理解者であったこと。そして困難な時代の塾長時代も、教育環境整備と拡充に努め、塾生の規律励行、学徒出陣や戦時下の義塾について分かり易くお話された。

そして最後は、③「東宮御教育参与としての小泉信三」のテーマ。
1949年に小泉信三が東宮御教育参与になった経緯のお話からはじまり、皇太子明仁親王(現在の天皇)の教育掛として「ジョージ5世伝」や「帝室論」などを講義されたこと。また、“万年の春”という福澤先生の言葉を、新しい皇室のあり方を考えるヒントにしたことなど、小泉信三から見た福澤先生についてのお話はとても興味深いものでした。
・最後に、篠田幹事長より本日ご講演頂いた都倉講師及びご参加して頂いた皆様へのお礼の言葉で終演となりました。
・今回参加された方々にアンケートのご協力を頂きましたが、皆さん本日の講演にご満足され、「毎年聴講していますが、年々弁舌さわやか、明確で分かり易く、時間を忘れる。素晴らしい講演であった。」、「塾の校風“気品”の背景が良く理解できた。素晴らしい講演だった。」など多くのあたたかいコメントを頂きました。

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↑写真クリックで拡大します

◆講師の慰労会&懇親会
・講演会終了後、都倉講師の慰労会&懇親会を行い22名の多くの方々がご参加されました。
佐藤会長の開会の挨拶と乾杯でスタート。近隣三田会会員及び船橋三田会会員の方々全員から講演会のご感想や近況報告などを賜りました。
・都倉講師と多くの方々との会話が途切れることなく弾みました。初めてお会いした方々と共にテーブルを囲んで和やかに歓談。集合写真を撮影後、篠田幹事長の1本締めでお開きとなりました。本日の講演会及び懇親会を有意義に終えることができました。
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・最後に、昨年に引き続き講師を引き受けて頂きました都倉准教授、及び本日の講演を開催するにあたり船橋三田会会員や近隣三田会の方々など多くの方からサポートして頂きました。この場をお借りしまして深くお礼申し上げます。

H31.4.28 船橋三田会 講演会実行委員(記)






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